鬱とあるくよどこまでも

メランコリカルパレード

自分や大切な人を守るには

メランコリカです、今日も生存してます。

関東も梅雨入りしたようですね。

雨が降ると体調にも影響して憂鬱になりやすいけど、

実は、雨そのものはそんなに嫌いじゃない。

何かが静かに浄化されるような気がするからね。

 

雨の日の電車は大嫌いだけど。

 

今、うつ病精神障害手帳3級、障害年金も受給していて、

この国の社会福祉に支えられてどうにか生きているわけですが、

それで、ある社会福祉士との話をしようと思う。

 

専門家ではないので正直なところよく知らないけど、

うつ病PTSDを抱える自分は社会福祉制度を受けることが出来ている。

 

それは、医師の診断があって”障害者になれた”から。

もちろんなりたくてなったわけじゃないし、

今もどこか「障害じゃない」と受け入れ難く思うところもあるけど。

 

でも、もし医師が障害と診断してくれなかったら、

社会福祉を受けることは出来ない。

 

「苦しんでいるのに障害認定されない人はどうなるんですか?」

それは以前の自分でもあったから、ある社会福祉士に質問してみた。

 

「頑張ってもらうしかない」

 

腕組みをした社会福祉士はそう答えた。

社会福祉に出来ることはそこまで、ということだろう。

 

でも、それでは”障害者になれなかった”人は救われないということだ。

 

「そうやって福祉に門前払いされたら、その人は追い込まれる。

その人が誰かを傷つける行動に出てしまうかもしれない。

子どもや女性や障害者や高齢者、弱者が犠牲になるかもしれない。」

 

そこまで言ったら、その社会福祉士は呆れたようにこう言った。

「それは話が飛躍しすぎですよ。」

笑われた。

 

さらにその社会福祉士は続ける。

ツイッターとかで社会福祉は何もしてないとか言うけど、やってるんですって!」

 

社会福祉は何もしてないとか言ったのはツイッターの誰かなのに

それをなぜ私に言うんだ。

そんなだから叩かれるんだよ。

 

この人、信頼はできないな。

それ以降この社会福祉士とは話していない。

ここまでは4月の話。

 

さて、翌5月。

川崎で痛ましい事件があった。

多くの犠牲者を出し、犯人は最後に自ら命を絶った。

 

罪なき犠牲者やその遺族には追悼したい。

でも、犯人も想像を絶するほどに苦しかっただろう。

 

絶対に犯してはならない罪を犯した犯人を擁護するつもりはないけど、

罪を犯すまでは、その人も罪なき人だったはずだ。

 

本当に誰も救えなかったのか。

 

事件の後、国は子どもたちを守るために見守りの強化をするという。

親たちは、罪なき自分の子を守ろうと、恐れを強めているだろう。

 

引用はしないけど、男性が自分の子どもを公園で遊ばせていたら

他の母親に「知らない人がいたから」と通報されてしまったらしい。

 

子どもを守りたくて、恐れて周囲を敵視するのは本当に正しい?

その必要以上の敵意は誰かを傷つけていない?

 

人に傷害を加えるような犯罪者は、生まれた時から犯罪者だった?

そんなわけない。

きっとどこかで誰かに追い込まれたりしてきたんじゃないかな。

 

自分や子どもや大切な人を守りたいなら、

武装して目をぎらつかせて周囲を敵視するよりも、

周りの誰かに優しくした方がいいんじゃないのかな。

 

それから、もしこれを読んだ人が”障害者になれなくて”

社会福祉を受けられず苦しんでいるのなら、

一つだけアドバイスできる。

 

病院を変えること。病院は選べる。

医師によって診断は変わる。

今本当に苦しんでいるなら、他の医師なら別の診断をするかもしれない。

 

潔癖なまでに正しい診断をしようとする医師と、

目の前で苦しんでいる患者を救おうとする医師、

どちらが正しいとかじゃなくて、両方いる。

(というかそもそも医師も人間で、完璧ではないのだし)

 

うつ病歴が無駄に長くていろんな医師にお世話になってきたから、

これは本当。

 

絶望して間違った道を選ぶ前に、抜け道を探してみるといい。

私はそうやってなんとか生きてるので。

終わらない母娘ごっこ

メランコリカです。今日も生存してます。

数日前から何だか喉が痛いなとか、鼻水も出るし頭痛も・・・と

思ったら、どうやら東京ではイネ科の花粉が飛び始めた模様。

 

中学の時に初めて花粉症を発症し、以降は数年に一度の発症、

なのでこれまで数回しかひどい症状に見舞われてなかったもので、

今年の春も花粉への勝利宣言を出していたんですが。

ダメでした。悔しい。

 

冬用の布団をそろそろ片付けようと、外に干して数時間後、

この症状が花粉症であることに気づいたので、

今は頭を抱えながらくしゃみをしています。

 

エンドレスで流れてくる鼻水。鼻セレブを買うべき時かもしれない。

 

ところで、先日母と会った。

いつも、何も分かってくれない、母。

 

母親という役割を母なりにきっちりこなして、

子育ても仕事も家事も(父は一切やらない)全部やり遂げてきた。

それ自体は尊敬にも値するのだけれど。

 

母はいつも、母であり、私は娘でしかないのだ。

私はこの母から、一度として一人の人間であることを尊重されたことがない。

 

母親なので、娘を心配して、趣味の神社巡りで買ってきたお守りを寄こす。

当然、求められているのは「ありがたく受け取り喜ぶ娘」だ。

 

でも私はもう「娘」という役割から降りたいのだ。

勝手に押し付けられたお守りなんてありがたくないどころか迷惑だ。

この娘には、私の存在は認められていないのだから、

もうこんな母娘ごっこは終わりにしたい。

 

母が心配しているのは私ではなく「娘」なのだ。

いつも、ずっとそうだった。

私の話を聞いてくれたことは、ない。

 

しかし忌々しいことに、今病気で働けない私には母の力が必要なのだ。

 

だから、割り切ろう、「娘」をもう少し演じよう。

頭でそう考えても、それは自己否定のようになってしまって、

PTSDの加害者である自覚がまるでない母を今更また憎みたくもなってくる。

 

毒親ってワードを検索して見てよ。

そんな言葉を必死に飲み込みながら、母と食べた高級店での食事は、

吐き気を抑えるのが精一杯で、何か味わう余裕などなかった。

 

逃げても逃げてもどこまでも追ってくる母。

「親だもの心配するでしょう」と「良き母」の圧力を受けて、

悪化するうつ病

 

働けて経済的に自立できたら縁を切りたい。

距離をおくべきなのはカウンセリングでも勧められている。

 

でも悪化したうつで身体が言うことをきかない。

母に、頼らざるをえない現実。

 

こっちだってもう、自分が被害者だなんて考えたくもない。

今は、あんまり現実を見ないように誤魔化していかないと。

 

現在地はここですか?

メランコリカです。今日も生存してます。

元号が変わっても、相変わらず鬱を行ったり来たり。

 

今日はなんだか元気だぞ、と部屋の掃除をしながら、

洗濯機の終了音が鳴ったので蓋開けたら空だった、とか

(洗濯物を入れ忘れて無駄に水いっぱい使っただけ)

スーパーに食料買いに行って、「買い物袋お持ちですか?」の問いに

「はい」と答えたつもりだったのに聞き返されたりとか

(ひきこもりで声を発しないので喋ろうとしても声が出ない)

電子レンジ開けたら、昨日温めたおかずが入ってたとか

(温めておいて完全に忘れてた)

まだまだ、普通の生活すら困難な病人から抜け出せてません。

 

思うように動かない重い(体重はやせ細って軽い)身体を引きずって、

3つくらいの要らないタスクが同時進行して事故渋滞みたいな混乱した頭を抱え、

一応就職活動をしてるんだけど、すでに行き詰まり息詰まり・・・。

 

若くて体力があった頃は、ブラック環境でも、努力して実績出して認めさせて、

性格的にもそういう働き方が出来てしまうタイプだった。

頑張るからちゃんと評価してほしい、というのは今や贅沢と言われる。

今は無理が効かなくて頑張ることも出来なくなって、心身壊して、

下手な向上心がかえって自分を苦しめる。

団塊世代がどうとか、若くて優秀な世代がどうとか、

ロスジェネで割りを食ってる世代はとか。

うるさい。

 

ニュースを見れば、連休で自分を見つめ直して悩んじゃってる人に

チャットで薄っぺらいお説教して相談料払わせる商売してる人が出てきて、

何だかイライラするのを激しい寒暖差のせいにして噛み潰して。

 

要らないものを捨てなきゃ、と思ってもなかなか難しい。

本当に大切なものがわかるのは自分だけのはずなのに。

わからなくて不安になって、鬱が加速していく。

まずいぞ。

 

www.ted.com

ハンス&オーラ・ロスリングの「世界について無知にならないために」

日本語字幕もあります。

それと、

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

 

最近これを読んでます。

本の内容は、動画でほとんど言ってるし、情報は本になった時点で古いけど。

 

急に何の話だって感じですね。

動画でも語られている要点を超ざっくり言うと、

「みんな何事も悪化すると勘違いしているんだよ」と。

 

自分を真剣に見つめ直して情報を収集して深刻な顔して、

それ本当に正しいの?って。

 

正しいかもしれない、少なくとも考えることは間違ってないと思う。

でも、事態を深刻化させてしまってるのは自分かもしれない。

 

AIが人の仕事を奪うとか、それを開発したり扱う側にならなきゃとか

めちゃくちゃ煽られてる気がするんだけど、

本当に向かうべきはそこじゃない別のところかも。

 

誰も理解してくれない、頑張ってるのに、時代が悪かった、自分だけじゃない、

”都合良く”都合悪い極端な情報ばっかり見てしまって

何か思い込み違いしてしまってるのかも。

 

考えるのはいいけど、悩むくらいならこれ読んで、

もうちょっと視点変えてみた方が良さそう。

 

ちゃんと現在地を知らないと、どこにも向かえない。

今いる場所について、正しく知らないかもしれないから、要確認。

ときどき帰ってくる鬱

メランコリカです、今日も生存してます。

 

ここ数日わりと調子も良く、うつ病を回復させるものはやはり休養だなと、

抗うつ剤の効かない身としては長期休養が必要だったのだなと実感。

 

とにかく休む、で癒えるものもあるのだと思いながら、

今後うつを繰り返さないためにはどうしたら良いのか考えに考え、

未だ結論は出ていないものの、あらゆる行動や決断において

しっかり自分と向き合っていかないといけないな、とか

自分の人生に責任を取れるのは自分だけ、とか考えてました。

 

原因不明の震えや緊張が収まらないながらも、

具体的にいろいろ細かいことを毎日のようにノートに書き出したりして、

内容がよりプライベートな詳細にわたってきたので、

そこら辺はさすがにブログに上げることでもないなと思ってたら

結構ブログに書くことがなくなってきて、

毎日更新してたのが5日ぶり。

 

残念ながら、まだ死んでないし、ブログも変わらず駄文日記です。

 

で、今日は、

YouTubeでコーチェラのライブ配信見たり、

ちょっと自転車で公園を走って、散りかけの桜を少し見て回ったり、

メルカリで売れた不用品を発送しに行ったり、

TSUTAYA行って、仮面ライダーのDVD返してまた借りてきたり、

自転車屋さんでタイヤに空気入れてもらったり、

スーパー2軒はしごして食材買ったりして、

めずらしくいろいろ回ってきたんですよ。

 

普通の人の普通の休日だなと思うんだけど、

どうやらまだ、この程度でも厳しかったみたいです。

 

帰り道、動悸がひどくて、完全に頭が回らない状態になってた。

いつもの自律神経かな、交感神経が優位になりすぎてるのかなと思ったけど、

そう言う時はだいたい手と足と脇汗がだばだば出てくるのに、

今日はそれがない。

 

帰宅して、スマホの心拍測れるアプリで測ってみたら、

運動直後じゃなかったのに、結構心拍が高くて、動悸が気のせいじゃなかった。

それに加えて、とにかく訳の分からない不安感に襲われている。

脳がこれ以上の情報処理は無理って言ってる。

 

テレビもつけられない、音楽も聞ける状態じゃない、

焦ってネットを見はじめたらさらに限界っぽい。

何もかもを遮断して部屋暗くして寝たほうがいい。

 

でもお腹空いたな、変な時間に寝るより食べてから早めに寝よう、

と思って今ごはんが炊けるのを待ちながらこれを書いている。

 

ひさびさにうつの症状が出てしまった。

まだダメか、と。

無理したつもりなかったんだけどな。

遅刻魔の憂鬱

メランコリカです。今日も生存してます。

 

3日ぶり、毎日更新していた日記をちょっとお休みしてみました。

いろいろやりたい事、やらなきゃいけない事が増えてきました。

 

これからはこのぐらいの更新頻度になると思う。

所詮、駄文日記、ゆるく続けようかと。

 

今日はですね、なんと午前中に起床して、12時台に朝食を食べたんですよ。

2ヶ月くらい前は、起床17時、朝食19時とかだったことを考えれば

ちゃんと普通の生活を取り戻そうとしている努力が見えるね。

 

相変わらず、強めの睡眠薬に頼ってはいるんだけど、

それでもちょっとずつ前進はしているはず。

 

睡眠時間もだいたい6〜8時間くらい。

前はもっと寝てました。

一回目が覚めても、また二度寝してた。

 

これはもう、現実がつらすぎたから。

夢の中では別につらくもなんともない日常とか、幸せな非日常があって、

でも目が覚めると、そこには絶望的な現実がある。

そうなったら、夢の中に戻りたいよね。

だから寝る。一日の半分以上寝てた。

 

でも最近はうつも回復してきて、就活とかいろいろ動き始めてて、

いろいろ考えたりも出来るようになってきて、

目が覚めてもそんなに絶望的な気分にならなくなってきた。

起きたら外が明るいし。あったかくなってきたのもあるかな。

 

まだ起きるのが昼なので、朝まで戻したいけど。

 

一日大半を現実逃避の惰眠に費やしてた頃に比べれば、

起きていられる時間も長く感じられて、気持ちに少し余裕ができる。

 

実は、結構筋金入りの遅刻魔なんですよ。

いつも時間に追われて焦って追い込まれていって、

遅れて責められて。

 

直したいとは思ってますよ、もちろん。大人ですし。

 

でも、完全に遅れる奴が悪いけど、遅刻に異様に厳しい人がいますよね。

こちらは自分が遅れるから他人の遅刻にも基本的に寛容なんだけど、

厳しすぎな人から向けられる「こっちは時間守ってるのに!!」っていう

怒りをぶつけられるのは正直あんまり納得出来なくて。

 

いや、遅れたのは悪いし謝るけど、時間通りに来たのはあなたの選択じゃないの?

とか思ってしまう。そうしたのはあなたでしょって。

他人の時間を奪うなとか言うけど、自分の時間が増えてるでしょうよ。

時間時間とぶつくさ言ってないで有効活用したらどうなのと。

どうか石を投げないでいただきたいけど。

こういう人に限って自分が遅れた時はヘラヘラごまかして謝りもしないのは何故。

 

プライベートでこのタイプとは極力付き合わないようにしているし、

仕事で遅れるのは実際ダメなので気をつけないとなんですが、

この他人の遅刻にやたら厳しい人からの罵倒を浴びすぎたことで、

遅刻した時にパニックを起こしたことが何度かあります。

被害者ぶるつもりは毛頭ないですけど。

 

多分自分の中で、遅刻とか時間に追われるのが相当なストレスなんですよね。

遅れてる側のくせにだけど。

時間がうつのトリガーの一つだというのに最近気づいた。

 

それで、最初の話に戻って、時間に余裕があると、

それだけ気持ちにも余裕ができて、パニックになることもない。

余裕を持っていれば、多少のストレスも受け流せる。

 

そうやって生活できるところを目指したいと思ってます。

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好きな服が似合ったらいいのに

メランコリカです。今日も生存してます。

 

小学生の頃は、髪は刈り上げショートカット。

おしゃれな服を選べるような都会の裕福な子ではなかったので、

田舎のデパートで売ってる子ども服を着ている子だった。

 

子どもの服は女児用か男児用に分かれている。

女児服はピンクやら黄色やらオレンジ色しかなくて、

ハートとか花柄とかフリルのおまけがどうしてもついてくる。

当時の女の子には、それ以外の選択肢はなかった。

 

だったら男児服の方が、ハートも花柄もフリルもない、

ステレオタイプの女の子にならなくていい、男児服の方が良かった。

黒とか濃い色の男児服を着て、男の子みたいなスニーカーを履いて。

男に生まれたかったと思っていた。

 

中学生になると、制服を着て通学する。

スカートを履くのは嫌だったけど、下にショートパンツを履いていた。

男だったらよかったのに、と思っていたけど特に抵抗もなく。

わざわざ男の子っぽい振る舞いをするようなこともなかった。

 

高校生の時、ちょっと女の子らしくしてみようと思い立った。

ピンク色のペンケースを持ってみたり、髪をセミロングくらいに伸ばしてみた。

 

この頃わかったのは、女の子らしくしてる方が周りのウケがいいこと。

そういう感じの方が似合って見えるらしい。

パステルカラーとか女の子的なものを身につけると喜ばれる。

 

清楚で大人しく可愛い女の子のフリは出来た。

でも中身は何も変わっていないし、むしろ真逆だ。

反抗的で態度が悪い。他人を信じてない一匹狼。

人に甘えるとか頼るなんて絶対にしない、ちっとも可愛げがない。

外見と中身にギャップがあるから、勝手に期待されてがっかりされる。

 

専門学生になると、もう私服でいいので好きな服を着る。

私はロックが好きで、パンクやゴス系ファッションも流行っていた時代、

当然そういう服を着る。髪も派手に染めてみたりした。

 

ただ、非常に残念ながらこれが似合わない。

顔が地味で、派手でトガった服なんか着たら服に負けてしまう。

頑張ってメイクで派手さを出そうとしても限界がある。

 

自分らしくしようとしてるのに、それが似合わない。

こういうのが似合いそうなのに、と求められるのは女子アナ系の服。

自分とは正反対のキャラ。

 

でも無理して女の子らしくしても無駄なことはわかっている。

もう高校時代に失敗しているんだから。

聞き分けのいい可愛い子じゃない。

そんな外見だけ取り繕っても、期待されて損をするだけ。

だからもうキレイ目なんて着たくない。

 

しかしながら、社会人になると社会に適応しなければならなくなる。

苦肉の策で、パンツスーツで働いたりしていた。

高身長ならそれも似合っただろうが、残念ながらそうじゃないから微妙なだけ。

 

もう、そこそこ女性らしくしないと、ちょっとおかしく見えてしまう年齢。

年相応に自分らしく自然体でって、無理なのかな。

 

そもそも自分らしい自然体を見失っている今、結構悩んでいる。

何を着るのが正解なんだろう。

受け入れてくれる場所

メランコリカです、今日も生存してます。

 

障害者なので失業保険が300日あり、現状それほど切羽詰まってないですが、

しかし制度上の就活実績を出す必要があり、実際に応募をしている。

 

今はまだ自分がどうするべきかも決めかねていて、

うつ治療と就活を同時進行するという無茶をしているわけですが、

適当に応募したら、当然来るわけです。不採用通知

 

こちらも本気では応募してない会社、というか落ちる気で応募している、

なので普通に不採用だし、就活実績目的なのでどうでもいいはずなんだけど、

やっぱりどうしても、気持ち落ちますね。

ちょっと将来への悲観モードになりがち。

 

なので、気分転換に近所の神社に行ってきた。

近くにあるのに、今年初詣でした。

 

急にスピリチュアル系の話をしたいんじゃないけど、何というか、

浄化された綺麗な場所って、あるような気がする。

 

本当のことをいうとあんまり神様も信じてないし、

スピ系苦手な方なんだけどね。

神社仏閣や教会、祈りのある場所は、なんだか空気が違うように感じる。

自然豊かな場所、山岳や海もそうなんだけど。

 

人のごみごみとした雑踏には無いものが、あるように思える。

逆なのかもしれないけど。細かいことはわからないけど。

 

その神社には御神木があって注連縄で祀られてるんだけど、

それじゃなくて、全然何でも無い、大きな木があるんですよ。

木ならお社の周りに何本もあるんだけど、

本当に何でも無い木、なんだけど、好きな木があるんです。

 

実を言うと、本殿の前とか横の小さなお社とかよりも、

その木が好きなんです。

久々に、その木に会ってきた。

 

神社行って目的が参拝よりただの木。

何言ってんだって話ですね、自分でもそう思う。

別にスピ系でも無いし霊感みたいなのも多分無い。

 

でもそのなんでもない木なのに、安心するんですよ、そこにいると。

 

毎日硬直した身体の痛みに苦しんでいるのに、

その木に触れる時、とても受容を感じる。

力んでたのが、解ける。

何でかわかんないんだけど。

 

ストレスでトゲトゲしてしまっていた気持ちが、落ち着いた。

深呼吸をしたら、境内の桜が見えて、

ダークサイドに行きかけた心を引き戻してくれた。

 

こういう安心できる場所を、ちゃんと持ってるのが必要なのかもね。

多分、裏切ったり傷つけてくるようなこともない。だって木だから。

 

帰ろうとした時、その木の皮が落ちた。

何となく持って帰ってきた。

いつも受け入れてくれる気がしている、その木を心のお守りにしようと思って。